人は何のために健康を目指すのか。

きっとその問いの前には「そもそも何のために生きるのか」ってのがある。

みなさんもきっと一度は考えたことがあるはずだと思います。マジで俺今なんで生きてるんだろう?みたいな、ネガティブなところから始まってる疑問であれば、まず健康を目指してみて下さいね。相談に乗ります。
そうではなくて「人間の存在意義」みたいなヤツですよ。「どう生きるべきなんだろうか」という。

その答えを出すためには、人間と他の動物との違いというものを考える必要があるんじゃないか。人間はどうして地球上で「現状の、なんかこんな感じ」になっちゃってるんだろうかと。

まずは「二足歩行に拠る知性の獲得から、道具を生み出し、利用することが出来る」事。これは確かに人間の特徴ですな。でもそれだけじゃない、もっと大事なことがある。
それは「言語系の発明に拠る高いコミュニケーション能力」こそが、人類発展の基礎なんじゃないかと思うわけです。たくさん交尾しないとここまで繁殖しないし、効率よく食料を分け合わないと死滅しちゃうし、知恵もシェアしないとここまで文明の進歩はなかっただろうし。

人間は「コミュニケーション」を以って、爆発的に繁栄してきたわけです。

二足歩行で道具が使えるのはヒトであって人間ではない。ヒトとヒトの「間」に生まれるものがあってはじめて「人間」なんだよ。と、俺の師匠は教えてくれました。

ならば、人間として生きる理由はただひとつ、「自分以外のために生きる」。結局これに尽きる。ここでネガティブだと「じゃあ何の役にもたってないから死んじゃうねw」とかいうんですがちょっとお待ちなさい。死なれると困るんですよいろいろ後片付けとか手続きとか。明日から少しずつやればいいじゃないですか。これから先「どれだけ他人のために動けるか」だけを考えましょう。迷惑なんてのはしっかり謝って反省して繰り返さなければ済むことです。謝って済まないようなことまでやっちゃう人はそれを「迷惑」とは捉えていません。きっと「迷惑」の範疇を超えた「罪」だと自覚してやってるはずです。

普通は、自分の面倒みるのにも体力が要るのに、他人の面倒なんてみてらんないですよね。たまに自分のことを顧みずに人助けしちゃう人がいますが、それはそれで迷惑だと思いません?「いいから寝なさいよ」って。

なので人間としての存在意義を全うしたいなら、自身が健康な方が断然いい。ひび割れた茶碗では満足に水を掬えないし、どうせ掬うなら大きくて丈夫な茶碗のほうがいいでしょう?

そう考えると「自分を労ること」も、回り回って「他人のため」だったりもするわけです。自分を投げ打って生きるのはもうやめましょう。

 

まとまらないから、今日はここまで。
精進します…。

 

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